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中国から帰ってきた人のブログ。

中国から帰国した後の生活をつづるブログ。読書、映画、音楽、日々のできごと等々記録していきます。
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久々の投稿。

8月、長いと思っていたのに今日で最後。
いろんなことをやった気はするけど、大事なことができていないとも思う(・c_・`)

7月末からテスト期間、約2週間で18科目の怒濤の期間。
そのしょっぱな、受験したいと思っていた某施設の、就職書類締切日だと知る。テスト勉強うっちゃって履歴書を書き、送った。




就活関連は、その後筆記試験を受け、今週頭に面接試験を受け、結果待ち。これで駄目なら、国試終わってからやろうかな、と思っている。ひとまず就活は一ヶ所で終了とする。
噂によると資格さえ持ってれば就職先は引く手あまただそうだから、ほんとーに改めて国家資格はありがたい。



遊び関連。
お盆前に大阪へ一泊二日の家族旅行。
ところが、二日目早朝に、母方のじいちゃんが倒れたと連絡が入り、母はとんぼ返り。
父と二人で天満天神繁盛亭で落語を聞いたり、水陸両用バスツアーに乗ったり。バスツアーはかなりおすすめだった。吉本新喜劇そのままみたいなバスガイドさんが案内してくれて。「1階LAWSON、2階が大阪城」なんていう珍百景案内に大笑い。

あとは、岡山に友達が来てくれて、岡山にいる大学時代の知り合いも呼んでくれて久々に顔を合わせたり。機会がないと、近くにいても会わないからなぁ。人の繋がりに感謝。

お盆はバイトをする。祭りやイベントでドリンクを売ったり。そのお金は聴診器(13,000円)を買う資金とする。

じいちゃんは倒れて、そのあと入院から施設への入所に至るまで、これも長いバタバタがある。(継続中)主にバタバタしているのは母ではあるが。
そうしてみていると、自分の親の、来るべきその日を思うよ。


創作活動関連。
NHKで『関口知宏の中国鉄道大紀行』の再放送を見て、熱が上がり、中国旅行の漫画を描き始める。Twitterへ投稿しているので、よければ見てください。(マニアックな分野からか、なかなか見てくれる人は多くないが)
中国鉄道旅の漫画アカウント(Twitter)

改めてあの旅の行程を調べ直てみると、今の中国では高速鉄道が整備されて所要時間が約半分になっていたり、列車もきれいになっているようで。
今はみんなスマホを持っていて、スマホの画面に夢中で他人と話したりしないんだろうな。あの頃は、何十時間もほんと~に手持ちぶさただったから、外国人なんです、なんて言うとみんな興味津々に話しかけてくれたっけ。2011年、あのタイミングで長距離列車に乗っていてよかったなぁと思う。
それにしても、あのとき書いていたブログのテンション、かなり浮かれてるなぁ~と改めて思った。我ながらちょっとうっとおしい(笑)
あのころの浮かれていたブログ


あと、うちの犬のラインスタンプを作った。それも二種類も。
テストや実習準備に追い込まれると、脇にそれたくなる悪い癖。でも、かなり満足はしている。

「黒柴の使いやすいスタンプ」

「黒柴のなっちゃん~夏用~」



勉強関連。
9月から実習が始まるため、お盆が終わったらほぼ毎日学校へ。定期も買ってしまったしね。しかし香川~岡山間、往復4時間はきつかったらしく、昨日扁桃腺が腫れた。そして行ったからと言って、勉強も成長もできていない予感。ただただ、学校で必要な資料をコピーして、検査用具を触っていただけ。だけなのです。検査ができたとしても、解釈関連大丈夫か。かな汗だらだらです。


明日は引っ越しの荷出し。
今から、自転車の修理をして教科書整理せねば。(やっぱりぎりぎり…)

しばらく消えると思いますが、生きてはおります。
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国試の模試で、クラスで5人だけ合格点に届いた、そのうちの1人に残った夢を見た。
二日連続で模試をやるのだが、一日目でで合格点に届いた人以外は退席させられる。
「えーっ、そんな仕組みだったんだ~」といいながら、内心すごく喜ぶ自分。
しかも、配られた成績は、9割の得点。

目を覚まして絶望。
現実は、合格ラインの6割に届くのも難しいのに…
夢に戻りたい。


…まじか。



いやいや、勉強しよう。

とかく、気付いたときから自分の持っているブランドにこだわり、他人に「すごい」と言ってもらえるように伝えて回る癖がある。


(比較的)よい大学を出た
東証一部上場の企業に入った
中国語が話せる
海外でこんな珍しい経験をした… 等。


たぶん、私のこの言動で周りから離れていった人は多いと思う。いま、付き合いのある友達も、若干興味なさげに聞いてくれてるなぁと思うこともある。(話してしまってから反省)

あとで反省するんだけれど、またやってしまう。
自分の、承認欲求を満たしたいがために…だと思う。



なぜ、こんな癖があるのか?




元々、小さい頃からその傾向は強い人間だと思っている。
ただ、それが強化されたのは、中学で、スクールカーストの底辺を経験してからだと思う。


元々、本を読むのが好きで小学校2年生から眼鏡をかけていた。
女性的なものが好きでなく、従兄のお下がりのトレーナーに短パン。男の子に間違われることも多かった。母親が体育会系なこともあり、特に女の子らしい格好や髪型にはこだわりない家庭だった。
自分のペースを持っており、あまり周りに合わせるよりは巻き込んでいくのが好きで、小学校ではクラスメイトにも、先生にも好き放題やらせてもらっていたと思う。



さて、中学校。
女子が女子めいてくる思春期の始まり。
男子と話さなくなった。女子はグループで固まるようになった。仲良しグループが集まって、女子だけのおしゃべり、手紙のやり取りが始まった。
結局、井の中の蛙だったんだと思う。別の小学校からきた女子たちに、関わろうとして、そっけない、どころか、半笑いの態度を取られたことに衝撃を受けた。


学生生活は無情な集団活動。
運動会、遠足、授業中…。グループに入らないとうまく乗り越えては行けない。
どうやって、周りと合わせていくのか?浮かないように、周囲の顔色をうかがい、おろおろしていた。おとなしいグループの子達と一緒に行動させてもらうために。話を合わせる。無茶を言わない。8クラスを越えるマンモス校で、学校の先生との距離は遠い。中学校の先生は、小学校の先生たちのように構ってはくれない。


休み時間に話す友達がいないときには、ひとりぼっちになる。ひたすら、本を読むふりをして時間を過ごすことも多かったと思う。ただでさえモサい金縁眼鏡にキノコ頭、からかわれる要素が揃っていた。「キモい」という言葉にびくびくしていた。


極めつけには中学3年生のときの、隣の席の男子O。
出席番号で給食を食べるときには男3名、女3名でグループを組む。テストの度に出席番号順になるのが恐怖だった。率先して、悪口を言われる。6名のなかで、わたしは無言で給食を口に運ぶ。目の前で言われる言葉を聞こえないふりをしながら。


ただ、絶対に学校は休まないと決めていた。
どんなに前の晩にベッドで泣いても。Oのせいで休んだと思われるのは癪だったから。


高校も、Oより良い高校にいこうと頑張った。
実は、大学受験でも…。Oより良い人生を歩んでやると。




一方で、そのときのコンプレックスが未だに残っているのだと思う。本を読むふりをして本に隠れながら、「わたしはこんな人間じゃない」とずっと思っていた。

他者からの評価を強烈に意識しながら過ごした3年間で、心の奥底で、わたしは自分自身に価値を感じられなくなった。
だから、言葉で補強する。○○大学を出た。こんな資格をもっている。こんな友達がいる。

未だに、人を見下す癖もある。
○○大学のくせに。親の七光りの癖に。私より点数悪い癖に。……の癖に。



もっと、人間関係をうまく作れさえすれば、人を見下して、自分の価値を言葉で補強する、こんな考え方をする必要はないんだと思う。
結局、自分に自信がないから。今の自分の言葉にも行動にも自信が持てないから、過去の自分にすがろうとする。周りと自分を比べて、優位にたたせようとする。そんな必要ないし、意味がないのに。




なぜ、こんなことを書いたかというと。
希望の職場の募集(公務員系)が出ていなかったことからです。
ショックを受けている自分を、客観的にみてみて…「あぁ、まだわたし公務員ということで仕事に上下をつけていたんだ。また、周りを見下そうとしていた」と思ったからです。


就職活動は始まったばかりですが…。
そういうところでなく、施設の取り組みとか、活動とか、勉強できるかどうかとか、見ていこうと思い直しました。
そもそも、私は自分の価値を高めるためにこの仕事をするのではなく、関わる利用者さん・患者さんを良くするために働くのだから。

そこを、見誤らないようにしたいです。
 
昨日の朝
頭痛、肩が重い、イライラ、涙がこみ上げそうになることも。

今朝
朝は軽やかに起きる。母へイライラすることもなく、朝食を作り家を出た。


なぜ、こう違ったのか。
一昨日の夜、家に帰って父のために夕食を作り、ついスマホをさわり、明日の準備をすることもなかった。

昨日の夜、夕食を作れません、と言って残って勉強した。やるべき課題に見通しをつけたり、今後の計画をたてたり。

自分のことがきちんとできたから、人に対してイライラあたることもなく、父には通年腹をたててはいるのだが、まぁ余裕もでき。
というか、父に至っては関わらないこと、言葉を交わさないことと心に決めた。


人に優しくなるために、自分に余裕を作ろう。
先日の落ち込み記事を書いてから、もんもんとしながらインターネットをサーフィンしていました。

すると、こんな記事を見つけた。

死んだ方が楽って思いません?って質問 ― 警察官クビになってからブログ

この作者の方、色々と壮絶な人生を歩んでこられたようだ。


この世界はピクニックできる穏やかな世界でなく、


濁流


だと形容しておられた。


そこで、はっとした。
わたしがこんな風にうだうだうだうだと頭のなかであることないこと自分の評価について考え続けるのは、

「自分とは、評価されるべき価値ある人間」

と思ってるからではないのか。
でも、前の会社でも、今でさえもなかなかそうじゃない。

更に、他人からの評価を気にしている段階で、まだまだ余裕があるんです。

世界は濁流。携帯ショップでも法人営業でも嫌というほど叩き込まれたじゃないか。
よっぽどの努力をしないと、浮き上がって泳いでは行けない。他人からの評価を気にして、自分について考えをめぐらせられるのは時間と心に余裕があるからです。

この世界に変わってきたのは、同じ濁流でも、人のためになることができる、同じ努力なら、その為の努力に時間を使いたいと考えたからではなかったのか。決して、また学生時代に戻って楽をするためではなく。

昨年の今ごろはまだ覚えていたかもしれないけど、ぬるーい学生生活を漂っているうちに忘れていました。
今更ながら、辞めるときに部長に言われた「辞めても地獄、辞めなくても地獄だよ」(ちなみに引き留めるために言ってくれたようです(同じならもう少しここで頑張れ、との意味で)が、「同じ地獄なら辞めて地元で暮らしたいです」と返しました)
を思い出す。

今は、社会という濁流のなかでの、ひとときの勉強ができる時間なのだ。
自分のなかで出口のないゴールを探すよりも、いまはきちんと目の前のやるべきことをこなして、勉強しよう。そう思いました。
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