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中国から帰ってきた人のブログ。

中国から帰国した後の生活をつづるブログ。読書、映画、音楽、日々のできごと等々記録していきます。
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今日、父方の祖父が亡くなった。

夕方に突然の連絡。じいちゃん、息をしていないと。救急車に乗った時点で呼吸も心臓も止まっていたと。
朝まで元気で、朝食10割、トイレも出した。昼食1割、3時におやつのプリンを一口食べてから、しゃっくりの様な呼吸をして息が止まったと。
検視の結果は突然の心停止の疑い。解剖はなし。検視で待たされてじいちゃんに会えたのは亡くなった16:15から約1時間半後。まだ首筋も肩も暖かかった。

本家に遺体が帰ってきて、お坊さんにお経をあげてもらった。若いお坊さんだったけれど、丁寧に親族の悲しみに向き合ってくれているのが伝わってきて、ますます涙が出た。

「晩年は施設に入られていたとのこと、どうしても最後のときのことを思い出すことが多くなると思います。でも、この方にも子供の頃があって、若い頃があって、結婚されて、子供さん、お孫さんができて、という人生があった。そのすべてをゆっくりと思い出していただければとおもいます」と、優しい言葉に心が暖かくなる。

じいちゃん、どんな人生だったんだろう。
私は孫だから、退職後のじいちゃんしか知らない。

小学生の頃は、宿題のプリントをみてもらったな。宿題で、戦争の話を聞いて、食料がなくて大豆のかすや貝柱まで食べていたから今でも貝は苦手という話とか、学校から帰ってきたらじいちゃんの尺八の音色と共に大きなくしゃみが道路にまで響いてきたこととか、若い頃にはばあちゃんと二人でダンスホールに行っていたという話とか、中2のとき、アルツハイマー型認知症ってことが分かって合唱コンクールの練習をしながら涙が出てきたことがあったっけ。あれが14年前か。認知症が進んでからは「ごはん食べたか?わからんのじゃが、じいちゃんわからんようになってしもうた」と笑っていたけど、元々気難しいのがもっと怒りっぽくなって、ひ孫を大声で叱ったりとなってきて。
じいちゃんが元気だったときに、フルーツポンチを作ってくれて、その缶詰の汁をミックスジュースみたいにして私にくれてたなぁ(笑)あれ、めちゃ甘かったけど美味しかった。

今やたらと思い出されるのが、「(本名)、がんばれよっ」という言葉と笑顔。もうそんなん思い出すだけで、これ打ってるだけで涙がボロボロ。

うちの父親はもっとボロボロ。お父さんは打たれ弱い次男だから…「両親おらんようなってしもうた、親父はあんまり得意でなかったけど…」とポロポロ泣いてる。長男のおっちゃんは一人で涙ぐんでいた。

それをみて、あぁ、順番があるなぁと、感じたのが一番。
お葬式の話し合いをする人たち、皆わたしの親、その上の世代。
わたしが、この人たちを送るんだなぁと、感じた。

コロナだから親族が集まれないのが一番辛い。本当に、コロナのせいでみんなで送れないなんて。兄弟皆県外だし。

明日から忙しくなる。身体を整えて、コロナをもらわないようにしよう。
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無題
少し時間が経ちましたけど、
落ち着きましたでしょうか。

私も以前同じく父方の祖父が亡くなって、記事にも書きました。
初めて親族が亡くなったので、
やはり少しの間、沈んでました。

この時期ともあって葬儀関係は難しい問題ですね。
参加出来ない方も事が落ち着いてから、
改めてみんなで顔合わせして、
おじいさんの話で盛り上がれるといいですね。

お坊さんの話、、ものすごい共感します!!
お盆のときとかお経読みに家に来てくれるときは、
世間話ばかりで退屈だったんですが、
葬儀関係のときは、別物で、話を聞いてると、
自然と涙があふれ、悲しみが浄化されました。
とても温かく寄り添ってくださいましたね。

まだ少しの間、行事が続きバタバタしますが、
気持ち整えて乗りこえてください!

青やぎ 2020/04/30(Thu)08:37:37 編集
返信ありがとうございます。
優しい言葉をありがとうございます。

なんか、亡くなったのが突然で未だに実感がわかないというか、時々祖父の入所していた施設の近くを通っては、祖父のことを思い出して、「あ、そうか、もういないんだった…。」と気付くという感じです。

aoyagiさんもおじいさんが亡くなったんですね。通夜や告別式は結構バタバタしますね。
亡くなるのは必然なことで、後の行事は遺族が死を受け入れる心の整理のためというか。コロナが終わって親戚が集まって話をしながらゆっくり実感していくのかなと思います。
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