中国から帰ってきた人のブログ。
中国から帰国した後の生活をつづるブログ。読書、映画、音楽、日々のできごと等々記録していきます。
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どうっっっにもやる気がでなくて参っていた。
宿題も、時間割りにすら手をつけられず、家に帰って一息ついたらテレビを見たりスマホをさわったり。
4月当初の気概はどこへやら、ぐうたらな生活リズムが完成してしまっていた。
一息ついた後に、机に向かおうというよいしょができない。
疲れたから、、眠いから、、何となくやる気が出ない、、とぼぅっとしていたら次の日の朝なのだ。
勉強してきていないから、周囲の会話にも入れない。嫌なことだけど、勉強してないキャラになりつつあるのは本当だ。
それでも、抜け出せなかった。
今考えれば、受験のときのあのモチベーションの高さってなんだったんだろう?
思い返していて思い出した。
同級生のOだ。
中学3年のとき、わたしは若干のいじめにあっていた。
実は父が教師をしており、同じ学校に配属されていた。Oは、父が顧問である野球部員であり、部活で重用されないイライラを、席が隣の私にぶつけていたようだった。ダサい眼鏡をかけて、根暗で一部の女子としか話さないわたしは、Oの格好の標的だった。給食の時間、休み時間に向かい合って食べる私を空気のようにして父の悪口を言う。手は出してこないものの、陰湿に、ねちねちと。
心配をかけたくないと親にも言えず、仲の良い友達にも恥ずかしくて言えず、もんもんとした気持ちを抱えていた。布団にくるまって泣き声を噛み殺しながら、絶対学校は休むまいと決めていた。Oに負けたようになるのは嫌だった。
高校受験に落ちて、滑り止めに行くのも、レベルを落としてOと同じ学校に行くのも嫌だった。その一心で勉強した。努力の甲斐あり、Oよりレベルがうえの進学校に合格した。
大学受験も、思えば気持ちは中3より薄れていたものの、Oに負けたくないと考えながらやっていた。一切Oがどこの学校に行くかなんて知らないが、あいつと同じレベルの学校に行くもんかと、ひたすら塾に通った。
センター試験の英語では8割を取るほどに、苦手な英語を克服した。
机に向かわせてくれたのは、大嫌いだったOだった。
みんな、モチベーションの持っていきかたは様々である。
こういう自分になりたいと、理想をかかげ、それに向かって努力する人がいる。周りに「あいつ分かってねぇ」と思われないよう、努力する人がいる。
わたしにとってのモチベーションは、上のふたつではなく、「あいつには負けねぇ」という気持ちなのだ。どんなに他の考え方で机に向かおうとしても向かえないのが、こう考えるとやる気が沸いてくる。それが今しがた理解できて、すとんとしこりが落ちたようだ。
努力する気持ちがない訳じゃなかった。努力のやり方が間違ってたんだ。
じゃあ、今のわたしにとってのOは?負けたくねぇ「あいつ」は誰なんだろう?
やはり、前職のK先輩である。
俺にいじめられて仕事を辞めたjukkoさん、また次のところでも上手くいってないらしい。やっぱり悪いのは俺の指導じゃなくて、jukkoさん自身の問題だったんだ、なーんて。
下手したら、このままでは思われかねない状態だ。
加えて、わたしは人の話を聞いてスピーディに状況を理解するのが苦手である。
前職でも「お前、俺でも今の話わかったぞ、なんでわかんねぇんだ?」って言われたことも多々あり、、そして徐々に私をスルーする空気が当然のようになっていってたっけ、、、
2年後の職場、いや、半年後の実習で、そんな思いをまたしたくない!
その為に、今知識を詰め込んでおかなければ。
前職でK先輩から何時間も指導を受け、「マゾか!」と他の先輩にも揶揄された。(好きでやってるんじゃないです!と答えていたしそう思っていたが)
自分のモチベーションの保ち方、考えると本当にマゾかも。
この間、土屋太凰ちゃんがテレビに出ていた。
仕事の踏ん張りどころでは、バスケで敵チームに集中マークされたときのことを思い出して、「なにくそ!」と頑張る、と言っていた。
同じだわぁ、と思ったから、案外こういう人は多いのかもしれない。
宿題も、時間割りにすら手をつけられず、家に帰って一息ついたらテレビを見たりスマホをさわったり。
4月当初の気概はどこへやら、ぐうたらな生活リズムが完成してしまっていた。
一息ついた後に、机に向かおうというよいしょができない。
疲れたから、、眠いから、、何となくやる気が出ない、、とぼぅっとしていたら次の日の朝なのだ。
勉強してきていないから、周囲の会話にも入れない。嫌なことだけど、勉強してないキャラになりつつあるのは本当だ。
それでも、抜け出せなかった。
今考えれば、受験のときのあのモチベーションの高さってなんだったんだろう?
思い返していて思い出した。
同級生のOだ。
中学3年のとき、わたしは若干のいじめにあっていた。
実は父が教師をしており、同じ学校に配属されていた。Oは、父が顧問である野球部員であり、部活で重用されないイライラを、席が隣の私にぶつけていたようだった。ダサい眼鏡をかけて、根暗で一部の女子としか話さないわたしは、Oの格好の標的だった。給食の時間、休み時間に向かい合って食べる私を空気のようにして父の悪口を言う。手は出してこないものの、陰湿に、ねちねちと。
心配をかけたくないと親にも言えず、仲の良い友達にも恥ずかしくて言えず、もんもんとした気持ちを抱えていた。布団にくるまって泣き声を噛み殺しながら、絶対学校は休むまいと決めていた。Oに負けたようになるのは嫌だった。
高校受験に落ちて、滑り止めに行くのも、レベルを落としてOと同じ学校に行くのも嫌だった。その一心で勉強した。努力の甲斐あり、Oよりレベルがうえの進学校に合格した。
大学受験も、思えば気持ちは中3より薄れていたものの、Oに負けたくないと考えながらやっていた。一切Oがどこの学校に行くかなんて知らないが、あいつと同じレベルの学校に行くもんかと、ひたすら塾に通った。
センター試験の英語では8割を取るほどに、苦手な英語を克服した。
机に向かわせてくれたのは、大嫌いだったOだった。
みんな、モチベーションの持っていきかたは様々である。
こういう自分になりたいと、理想をかかげ、それに向かって努力する人がいる。周りに「あいつ分かってねぇ」と思われないよう、努力する人がいる。
わたしにとってのモチベーションは、上のふたつではなく、「あいつには負けねぇ」という気持ちなのだ。どんなに他の考え方で机に向かおうとしても向かえないのが、こう考えるとやる気が沸いてくる。それが今しがた理解できて、すとんとしこりが落ちたようだ。
努力する気持ちがない訳じゃなかった。努力のやり方が間違ってたんだ。
じゃあ、今のわたしにとってのOは?負けたくねぇ「あいつ」は誰なんだろう?
やはり、前職のK先輩である。
俺にいじめられて仕事を辞めたjukkoさん、また次のところでも上手くいってないらしい。やっぱり悪いのは俺の指導じゃなくて、jukkoさん自身の問題だったんだ、なーんて。
下手したら、このままでは思われかねない状態だ。
加えて、わたしは人の話を聞いてスピーディに状況を理解するのが苦手である。
前職でも「お前、俺でも今の話わかったぞ、なんでわかんねぇんだ?」って言われたことも多々あり、、そして徐々に私をスルーする空気が当然のようになっていってたっけ、、、
2年後の職場、いや、半年後の実習で、そんな思いをまたしたくない!
その為に、今知識を詰め込んでおかなければ。
前職でK先輩から何時間も指導を受け、「マゾか!」と他の先輩にも揶揄された。(好きでやってるんじゃないです!と答えていたしそう思っていたが)
自分のモチベーションの保ち方、考えると本当にマゾかも。
この間、土屋太凰ちゃんがテレビに出ていた。
仕事の踏ん張りどころでは、バスケで敵チームに集中マークされたときのことを思い出して、「なにくそ!」と頑張る、と言っていた。
同じだわぁ、と思ったから、案外こういう人は多いのかもしれない。
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